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あの夏 この夏
          あの夏 この夏

 ひぐらし 風鈴 金魚ばち

 紅いはなおがカラカラ鳴った

 あの夏 空は満月で

 妹 欲しいと困らせた

 母のうちわがいい気持ち

   あの夏 この夏 聞こえてくるよ
   紅い はなおの 下駄の音
   祭囃子の笛 太鼓
   チリリン チリリン 風の音

 蚊帳から見える 百合の花

 匂いを いっぱい吸い込めば 
 
 明日のあさは 大人ひなれる

 ねえねの引き出し こっそり開けた

 甘い匂いでおかしくなった


   あの夏 この夏 聞こえてくるよ
   紅い はなおの 下駄の音
   祭囃子の笛 太鼓
   チリリン チリリン 風の音


 お祭 ぼんぼり 水中花

 長屋の角に お化けが出ると

 あの夏 夜は目をあけず

 目隠し便所に 告白のラブレター


   あの夏 この夏 聞こえてくるよ
   紅い はなおの 下駄の音
   祭囃子の笛 太鼓
   チリリン チリリン 風の音


 馬乗り ビー玉 町営プール

 じゃんけん負けた三郎くん

 あの子のオッパイ さわれるか

 苦手な潜水届かない

 水しぶきに 見上げれば

 空高く どこまでも青い


    あの夏 この夏 聞こえてくるよ
    紅いはなおの 下駄の音
    祭囃子の笛 太鼓
    チリリン チリリン 風の音


 ひぐらし 風鈴 金魚ばち
 
 紅いはなおがカラカラ鳴った

 あの夏 空は満月で

 大人になったらケッコンしましょ

 草笛吹いた帰り道

 野原のはてまでおまじない


   あの夏 この夏 聞こえてくるよ
   紅いはなおの 下駄の音
   祭囃子の笛 太鼓
   チリリン チリリン 風の音


 線香花火がパチパチ光る

 とうさん かあさんパチパチ光る

 瞳の中に月ふたつ

 僕の瞳も光ってる

 夜干しのタオルに夜風があたる

 夢見るあしたがパチパチ光る


  あの夏 この夏 聞こえくるよ
  紅いはなおの 下駄の音
  祭囃子の笛 太鼓
  チリリン チリリン 風の音


 長屋が急に明るくなった

 グワーン グワーンと洗たく機

 テレビの中は力道山

 空手チョップで大逆転

 うずまく水を覗き込む

 母の金歯がキラリと光る


   あの夏 この夏 聞こえてくるよ
   紅いはなおの 下駄の音
   祭囃子の笛 太鼓
   チリリン チリリン 風の音


 電信柱がリッパになって

 駅も工場もリッパになって

 東海村の太古の火
 
 プロメテウスの火が点いた

 だあれも消せない火が点いた


   あの夏 この夏 聞こえてくよ
   紅いはなおの下駄の音
   祭囃子の笛 太鼓
   チリリン チリリン 風の音


 遠くの空の黒い森

 今日も誰かが死にました

 遠くの空の黒い川

今日も見慣れぬ小舟が浮かぶ

遠くの空の黒い雲

今日も誰かが死んだこと

知らせる雲が

また ひとつ


  あの夏 この夏 聞こえてくるよ
  紅いはなおは軍靴になって
  祭囃子は突撃ラッパ
  チリリン チリリン 風の音
  トッペケ ヶッヶと叫ぶのは
  誰?


                        1998.夏2013加筆   高橋秀夫
  
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# by hidesannno | 2013-07-22 23:42
夢を編む その8  「親和力Ⅱ」
夢を編む その8
              親和力Ⅱ

                                  高橋秀夫

 6月は梅雨。月の暦では水無月。この時期に水の無い月というのはおかしいが神無月の神の無い月と同様「無」は「な」ではなく「の」と意味するらしい。つまり、水の月、神の月が本来の月名という。
 水無月6月は田んぼに水を引き入れる時、山からの水は田を一面水鏡のようにし、山の神は水とともに降りてきて田の神となり、その年の豊穣をもたらしてくれる。だから、この時期の水は大変大事なものなのである。いまでも水口に笹などを飾り、田の神を大事に向かい入れる風習は時々、見かける。
 町中に暮す僕らは暗渠に流れる水に深く感謝することなどないが田んぼに満ちる水を、それを蓄える山林の保全を祈るように見守る農民の気持ちは水口に笹を飾り、どうぞ、おいで下さいと願う信心の様となって現われるのでしょう。それは人が山や川、たくさんの動植物と呼応して暮している本来の姿であるように思います。
 僕たちが井戸の水を汲んで暮していた時代は遠の昔のことだが水がいかに大事なものであるかは思い返す必要があると思います。
 かって、人に限らず生き物は水辺の近くに住み、山を拓き山野から糧を得てくらしていた。そして、集落ができ、人々は力を合わせてあたりの自然からの恩恵で暮していた。さほど、大昔の話ではない、ほんの100年も前のことである。明治時代の国勢調査で見つかった山村も少なくないという。
 人が豊かに暮す風土が現代とは全くちがっていた証拠なんでしょう。
 日本列島を考えれば、つまり、細長く延びた3000キロの大地、風さえ越えない山岳、血脈のように流れる河川。そして。平野が広がり海に面している。何とも豊かな風土であるか。賢明な社会学者や経済学者がいて、この風土にあいまった人口のキャパや資源の保全と維持を示していたらもしかして、いまでも理想郷として人々は暮していたかもしれない。
 
 梅雨時は店では恒例の梅の注文の時期でもある。
しかし、今年は梅雨入り宣言がいつもよりずいぶんと早かった。誰しもこれは長雨かと心配していたが、どっこい、一向に雨は降らない。それどころか晴天続きである、家の紫陽花も何とも絵にならないままだ。だいたいこの時期はにび色の低い空を見上げてはトホトホとため息をついて静かな雨音に時の移ろいを「待つ」ひと時なのです。それが、このように真夏のような青空が続くと今度は
空梅雨、水不足、旱魃・・・苗は、夏野菜は大丈夫かと胸の内は暗雲が広がってくる。
 店で梅の話をしながら「温暖化?」「季節感がつかめんね」と話題は現代の情勢から戸惑いの様相でもちきりだ。季節感って言ったってトマトはすっかり一年中出まわっているし、ちょっと前のトマト神話と呼んだ初夏の新鮮な感動は薄れている。トマト神話というのは店を始めた頃は品数もたいして多くなく、6月と言えば完熟の渥美土百姓のトマトがどっさと並ぶ時期だった。売れる量などしれたもの、しかし、毎日毎日どっさ、どっさと入荷する。
 当時、まわりでは青い硬そうなトマトが並ぶ中、店のトマトは木なりの完熟。まっかっかのトマト。
渥美のトマト畑はぎりぎりまで水をきり、枯れそうと見えたときにジャーと水をまく。トマトはからからの蛇のように一気にその水をゴクゴクと飲むように、美味しそうに吸収する。そして、見違えるほどに凛として赤く染め上がる。考えただけでまずいわけがない。いのちの営みの正に奇跡なのです。
 それが、毎日毎日どっさどっさとくる。店といってもまだまだ新参もん。お客もどっさどっさと来てくれたらいいがそうならない。手分けしてあちこちに戸板をもって路上販売にでかけた。
 妙な風体が売るトマト。なかなか苦戦が続くが妙な格好のもんやが一生懸命な笑顔の口上とプリッとした赤いトマトはやはり、パワーがある。おそるおそるだが買ってくれる人がでてきた。
 次の日も戸板にトマトを並べ。惜しみなく声を張り上げた。
「このトマト最高!」と昨日のお客さんがきてくれた。友達も一緒だ。話ははずみ、行きかう人らが立ち止まって、気がつくと輪ができている。飛ぶようにとはいかないが売れた。それは、僕らには信じられないことで、ものすごく嬉しかったのを覚えている。
 これをきっかけに店にお客さんがたくさん来てくれて「美味しいトマトのあるお店」としてこの町にデビューしたのである。
 畑の奇跡が店の中でも起こったのである。戦術でも戦略でもない。
店に日に日に積み重なっていくトマトを前にどうにかしょう、何とかしょう・・と思い立っての行動でした。ただ、こんな方法しか思いつかなかった。また、ことさらに無農薬を強調したわけでもないし、市場流通を批判してこのトマトが本物、みたいなことを言ったわけでもない。ただただ必死になって声を張り上げただけだった。だって、大きな声で言わないと誰も見向きもしないからね。
それと、買ってくれたらびっくりさせるほど喜んだな。きっと、そんな単純で素朴なとこが良かったのかもしれないな。
 これを、僕たちは「トマト神話」と名付けた。

 あれから、30年がたった。トマト神話の主役トマトはどこでも真っ赤なトマトで見分けもつかないほどずらりと並んでいる。あの時、めずらしいものはもうすっかり当たり前になって、看板も口上も飽きるほどに、「無農薬」「自然」「本物」「エコ」「オーガニック」とどこでも見かけるようになった。
 僕たちがかっての農法、つまり、農薬や化学肥料に頼らず、手数をかけて育てた野菜を手渡す仕事をはじめた時。なんて非経済的で虫食いの不細工なものを誰が食べるってか、とやんやん言われたものだ。新しいものは海を越えて外国からどんどん安く入ってくる。
「何で?」と何度も聞かれた。明確な答えはなかった。とにかく、自然の産物と、農家も言うほどに「不」自然ではないことを考えた。さらに、金がないものだから形状や見た目などに使う金銭的な余裕がないというのも欲を出さずに済んだ理由かもしれない。
 また、決して憂鬱なる果てに向かった土への逃避でもない。むしろ、積極的に土の匂いのする仕事として選んでいった。そして、向こう見ずで計算高くなく、楽しい仕事として胸を張って毎日を送った。

 慣れというものは怖いものである。
当時は袋もない、包装は新聞紙。野菜はバラで量り売り。野菜も曲がったもの小さいもの、でかいもの。畑の状態そのままを並べた。均一に出来るもの等ない。ちょうどいいもの、かたち、大きさなど畑を見ないレシピ集が作ったもの。台所がまさにうまさと美の舞台なのである。そして、楽しい場なのである。
 慣れは先入観をつくり、見慣れないものを敬遠し、時には排除さえする。生き物は何一つ同じものなどないし、それぞれみんな違って当たり前なのです。その自然の原理というか摂理をちゃんと知ることですね。自分の目と耳と手でね。

 吉野から梅が届いた。
30年来の付き合いの萩本さんがコンテナ10杯のきれいな梅を持ってきてくれた。かって、林業で栄えた西吉野村。30度近くある急峻の山肌に立っている木からひとつひとつ手で摘んだ南高梅。
空梅雨と言われていた空から堰をきったような、まるで篠突く雨のようにやってきた梅雨の雨の中
青々とした梅を届けてくれた。
 ことさらに、梅が好きというわけでもないが、また身体にいいから、日本の伝統食だからというこてでもないが、ここ30年欠かさず梅干しは仕込んでいる。とにかく、水無月6月、梅を漬けないとどうにも落ち着かないし、漬けないと6月という梅雨がなくなってしまうような気になるのである。
 これも何かの原理というか摂理というか、ただ、そうすることになっているという感じなのです。夏を越す風物詩ですかね。風鈴を軒先につるすのもこの時期ですね。

 政府は英語教育を強調しています。世界を股にかけて語学堪能なビジネスマンを育て外貨を稼ぐグローバル人材を増やすというのか。彼らは美しい日本語を忘れないといいが・・・。
 篠突く雨で空梅雨を返上した梅雨の日。梅を置いて帰る萩本夫婦を見送る空はいつの間にか静かな五月雨となっている。一億みんなの軒先に風鈴を吊るしてチリリンと夏を向かえ、風を待つ。
そしたら、原発一基いらないな。
 そんな精神風土、文化を大切にしたいですね。

 生き物でもあるぼく達人間は力ずくで道を作ったり、他者を蹴落として明日にむかってもちっとも面白くない生き方なんだって気付かないとね。

 最後に自然の摂理、原理をきれいな日本語で表現したナナオ・サカキの詩を紹介してお終いにしましょうか。

         男は いつも 女と
       
         女は いつも 花と

         花は いつも 鳥と

         鳥は いつも 風と

         風は いつも 雲と

         雲は いつも 空と

         空は いつも お前と

 次回は山尾三省さんと鶴田静さんの宮沢賢治像を考えてみようとおもってます。
鶴田静さんは「宮沢賢治の菜食思想」という本を出したばかりで、山尾三省さんは「野の道~宮沢賢治随想」という本を書いています。お二人の賢治像を見ながら親和力のことを考えてみましょう。


       高橋 秀夫     五月雨の梅を前に
 
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# by hidesannno | 2013-06-21 07:00
夢を編むその7  親和力
夢を編む その7      
                  
                親和力 (1)


 今年の冬は寒かった。
 久しぶりに大根が凍るのを心配したほど.それに、何故かやけに長くも感じた。
それでも、昨年、店に戸を入れたので、まだましであったが、じわじわと冷える足元、大根の心配もさることながら足踏みしながらの野菜売りは結構つらい。
 でも、やがて春は来るものだ。
東大寺のお水取りが終わると水が緩み、山から融風と呼ばれる風がおりてくる。
 そのやわらかい風はお水取り(修二会)の錬行衆(二月堂にこもる)の声明とほら貝と共に現れる神々の使徒かもしれない。
 融風、あらゆるものにあまねく吹き渡る風と言われ春一番の温かい風である。
さらに、使徒である融風の役割はつづく。
二月堂十一面観音菩薩に集った諸国諸々の神々が天空を飛翔する際の風のジュータンでもある。
木や鳥や川や田んぼや人々に春を告げながら巡るのである。
そして、言い伝えどうり奈良の地に春が訪れる。
 
 壁の絵も差し替えた。
 水上勉の大根からイサムのココペリにした。
イサムが亡くなって一年、散歩好きだったからさぞかし春の到来を喜んでいることだろう。
風のジュータンに跨ってあちこち散歩してるかもしれない。

昨年、 それぞれが持ち寄ったイサムの絵を飾って誕生日の四月七日をはさんで回顧展をしてからもう一年がたった。さて、今年はなどと思っていると和子さんから電話がきた。
 「伏原さんが四月初めはイサムのために画廊を空けてあるらしい、
 毎年やろうって言ったの誰やった・・・
 去年ほどではないけどなにかしようかと。
 とにかくちょっと考えておいて」
という電話であった。
妙なものだ、まるでイサムが行き来して耳打ちしたのではと思うほど偶然の一致だ。
いかにもイサムらしいと言えばイサムらしいが、ちゃんと舞台はできていてあとはイサムを「呼ぶ」だけみたいな無計画のなかの段取りはきっと、誰よりもイサム自身が楽しみにしていることなんだと、思った。どこへ行っても、オンザロードのイサムには居場所は必ずあるもんだ。
 やはり、生きてる。絵の中に生きているんだと本気で思った。


 命日をめいにちと読まずにいのちの日と読んでみる
 すると
 瑞々しい青の光が心に浮かぶ
 いのちという不可思議な光

 産は生  生はいのち  いのちは愛  
 死は回帰  回帰は産(うぶ)  産はいのち
 いのちはあなた  あなたは光  光りはわたし

 命日をめいにちと読まずにいにちの日と読んでみる
 すると
 瑞々しい青の光が心に浮かぶ
 いのちという不可思議な光

「追悼とか回顧とか一周忌みたいなのは止そうよ」
「イサムの頭文字をとって、〈い〉のち・〈さ〉く・〈む〉らってどう」
和子さんはそう続け。 
「小さくもなく、大きくもない
声が届き、姿が見え、少しの間違えはすぐにでも直せ、手を繋げば村を守れる。
そんな村を思って今年のイサム展を開きたい」と和子さん。

 イ のち サ く ム ら

今年のイサム誕生祭はこんな風に決まっていった。

  祭りはいい。まつりとは人がまつろい(集まり)、人がまつらう(交わる)時である。
イサムにはぴったりだ。多分、イサムのことだから人ばかりではなさそうだが・・。
 また、会場となる場がいい。百年あまりの時のひだを持つ、太い梁と白壁の堺町画廊。
京都の町家の静かな佇まいに鮮やかな岩絵の具の金のへびが現れる光景はまさしく、
秋野亥左牟そのものようだ。
 そして、イサムは一貫して象徴とか権威とかカリスマ性を嫌った。
だから、東大寺のお坊さんがどんなにほら貝を吹いてもやって来そうにない。
そんな時は多分、大海原の流木か幻の山で妖精たちに混ざって笛を吹いていることでしょう。

「イサムは死んだとはどうしても思えないよ。」
和子さんは何度も言う。
「お金は残さなかったけど、絵がある
その絵のなかには私が入っていける場所がちゃんとあるの」と。

 イサムの世界観、アニミズムという自然の摂理。そして、その一切のプリミティブの精神を注ぎ込んだイサムの絵はこのおぞましい時代に生きる私達へのシグナル。
立ち止まり、戸惑う我と我らの時代。
在野と辺境を旅し、その筆先が印したイサムの絵のなかに私達の明日への「通路」があるように思うのは僕だけではないだろう。
 

 三十年前に山尾三省さんと植えたぶどうの木が新芽をつけた。
三省さんが亡くなる一年前に頂いた「親和力」という詩集が頭をよぎった。
詩集のあとがきにこう書いてある。
 「親和力」というタイトルは、ゲーテの同名の小説をそのまま使用したのですが、原題を直訳すれば、「選ばされた血脈性」という意味になります。
 世界に向き合ってる私達が、その森羅万象の中から自分の愛(生き方)の対象となるなにものかに出遭い、それを選びとるのは、実は自分の意思を超えた摂理によるものだと、ゲーテは考えたのです。私達がなにかの対象に、まるで同じ血脈のものであるかのように愛を感じさせられてしまう、その不可思議な力を、「選ばされた血脈性」、つまり親和力と呼びました・・

                親和力

ミヤマカラスアゲハは アザミの花が好きだ

アザミの花は ミヤマカラスアゲハが好きだ

黒いミヤマカラスアゲハが 紅いアザミの花にとまって

その蜜をとっている姿は

それゆえ

この世のものとも 思えないほどに 美しい

ぼく達がアザミの花で あれば

ミヤマカラスアゲハは 必ずやってくるし

ぼく達が ミヤマカラスアゲハであれば

アザミの花は 必ずそこに咲いている

世界と ぼく達の人生との この必然の関係を

親和力ー選ばされた血脈性ーと呼ぶ


                      山尾三省



つづく     
                                    高橋秀夫   2013.4.20
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# by hidesannno | 2013-04-29 22:20
夢を編む6
 夢を編む 6                    高橋秀夫




  土ヨリ生ジ 土ニ帰ス -いのちのゆめー


 神戸のポートアイランドに行く機会があった。18年前の震災の時、液状化して大変だったところだ。そこは、その昔「山、海に行く」と言われ、六甲山の土で埋め立てられた海の人工島だ。
 削られた山肌に新たな町ができ、人工島に遊園地や工場ができ、整備された道路に街路樹が規則正しく植えられ、葉を落とした木々はいのちを失くした無口な造花のように見えたのは失礼だろうか。
 宮沢賢治の童話(狼森と笊森、盗森)にある「ここへ畑起してもいいかぁ」「いいぞぉ」と山に伺いを乞うつつましい男たちの姿と森との問答とは違う人間の様が思い浮かんでくる。
 このポートアイランドのように埋め立て地といわれる所は日本の領土の0.5%にあたるといわれるそうだ。そして、多くはゴミを埋めて造られたという。東京湾岸は夢の島を始め人間の排泄物でつくられてきた。東北の震災でのおびただしい液状化は今も深刻な事態である。
 私達が考える時間など及ばない自然の生態系が生んできた大地とはほど遠いものであることが惨事で気づかされるのはあまりににも皮肉な極みである。

 ゴミの問題は石油製品などない江戸時代から悩みの種であったようだ。花のお江戸からのゴミの処分はそれこそ河川、海への投棄、その惨状から埋め立ての人工島が造られていったと聞きます。
しかし、日本では生ごみ、糞尿は作物の肥料として使っていた知恵はさすがである。
それこそ、ヨーロッパでは「ガーディ・ロー(そら、水がいくぞ)」と叫んで糞尿を道に放っていたというから大変なことだ。
 僕が小さい頃はまだまだ肥溜めなるものが残っていて柄杓で畑にまく風景は記憶にある。
間違って、落ちようもんならそれこそ一大事。鼻をつまんで走り抜けた思い出がある。もちろん、大正時代に化学肥料が作柄向上施策で登場してからはめっきり減少していった「肥料」で、今では皆無に近いことでしょう。
田舎の香水と呼ばれたなつかしき田園風景である。

 有機農業なるものが現われ、鶏糞、豚ぷん、牛糞が使われたが人糞はひのめをみず汚物として処理されるようになっていった。循環型生活スタイルの江戸の知恵は人智の公衆衛生感と身勝手な美意識によって有効利用されていたサイクルは消えていった。まあ、そう単純な問題だけではないと思うが。
 たしかに、紙は捨てないでという便所が山村に行った時あった。移動式で溜まるとそれを発酵させ肥料として使っていたのでしょう。

 奈良に来て2,3年だが畑を借りて素人百姓していたことがある。
八百屋のお客さんから生ゴミを集め、堆肥にして野菜を作った。
生産ー消費ー生産と暮すことの実感の試みでした。
それはお客さんの台所から野菜の名残りが戻ってきて、土に戻り、そして、また食べ物として結実してゆく。
 糞尿とはいかないが目に見える関係が食卓や畑を楽しい広場にしたものでした。
 ただ、うまく野菜づくりが出来なかった、僕の技術的問題も大いにあったが。
それでも、どのお客さんも大事にそして、丁寧に料理ししてくれたことは何よりなことでした。
 土からできたものが人の手をめぐり、また、土に戻り、そして繰り返される。
このことは消費して消えていく直線的な方向ではなく、円を描く生命のリズムに似たものであったような気がしていました。。
それは、みんな「人間家族」って感じでしたね。


 生ゴミなど燃やせるものはまだ何とかなる。しかし、今はそうはいかない。ビニール製品、化学合成製品、朽ちた瓦礫、燃やしたら猛毒ダイオキシンを撒き散らすモノ・・便利で安易な生活器具、ネジ一つ取れたら捨ててしまい、直すより新しいもの買った方がお得と勧められ使い捨ててしまう。
リサイクル法ができて簡単には捨てられなくなったが、お金をちょっと出せばゴミ問題の加害者から猶予される。むしろ、これを埋めて遊園地ができると「夢の島」伝説を持ち出す。

 60年代に始まった都市の「ゴミ戦争」は終息することなく今もなお続いている。
そして、ついに全く手に負えないゴミに私達は直面している。

 核のゴミである。

 地下深く埋める計画が有力と称されている。
 現代版「夢の島」になるであろうか。



 緑の草木で縁取り、道の街路樹にどんなお花が咲くかしら。

 風とお話する花かしら。

 黒い無口な花かしら。

 蝶ちょに蜜をあげるかしら。

 夏の日陰にベンチができて、どなたが口笛吹くかしら。

 秋に成る実はあるかしら。

 冬に巣箱に暮す小鳥はどこからくるかしら。

 春にポキリと落ちました。

 いのちのゆめが落ちました。


                            2013.2.20  ひで

 



 
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# by hidesannno | 2013-02-21 06:36
忘機
夢を編む 5

         忘機~遊バザル者 喰フベカラズ~      高橋秀夫

 心を亡くすと書いて多忙の忙。
 亡くした心と書いて忘却の忘。

忙しくしていると何か大切なものを見落としていたり、置き去りにしているような気になることがしばしばある。そして、そのことが意外なことを引き起こすこともある。
幼子のさびしい仕種。
年老いた母のつらい吐息。
目の回るわが身のつめたい背中はそんな瞬間を気づきようがない。
ココロを亡くした忙しい時に・・。
 そして、幼子は無表情に乾いた涙をながし、老婆は冷たくなった髪をとく。
気づいた時はすでに遅い。もちろん、そのことは忙しい時ばかりではない。時間をもてあましているときでも見逃したりすることもある。
要はココロの目の在処(ありか)だ。
ココロの目とは、自分を見つめる目であり、自身の内実、真実でもある。
 いつだったか、地方にいる息子から電話があって、その時、ちょうど店の片付けで手が放せなく、忙しくしていたので「あと、あと」と言ったところ、電話をとりついた連れ合いに「忙しいってココロが無いってことだよ」と息子がぽつりと言った。と、あとで聞かされて、どきっとしたことがあった。
 その時、本当に手が放せななかったわけでもなく、ココロの目の在処(ありか)に余裕がなかったのである。電話の用件はたわいのないことだったようだが、問題は用件ではなく、僕と息子が繫がらなかった「キャッチボール」にあったのだ。

 誰もが毎日忙しく、働いている。僕らの商売も暇であったらそれは辛い。かといって、わけのわからないほど忙しかったらそれも問題だが、立ち働くうえでは、小気味良い時間の流れは良いものである。
 しかし、大体仕事で忙しいという時というのは疲れるものだ。子どものように何か遊びに夢中になっている様子とは少々違う。
 いや待てよ。
最近、口をとがらかして夢中になってる子どもの姿など見かけないではないか。

 ヒュウロー ヒャウロー
 僕たちが子どもだった頃
 鳥になることも
 犬と話もできた

 僕たちが子どもだった頃
 空になることも
 海になることもできた

 僕たちが子どもだった頃
 道路に描いた汽車に乗って
 旅することもできた
 
 僕たちが子どもだった頃
 太陽にあいさつをし
 月に願いをかけ
 星のワッペンを手に入れることもできた 

 こっそり
 雲にうちわけ話もできた

  
  木登りしたことがある子ども10人に4人
  蝶や虫を追いかけたことがある子ども10人に3人
  中学生の7割が塾に通い
  携帯で寸時のバトルゲーム
  てんとう虫をだんご虫といい
  みみずをへびの赤ちゃんという
  深夜の自販機に羽虫と囲む缶コーヒー
  今日、遊べる?
  うん、10分ある


 ヒュウロー ヒャウロー
 僕たちが大人だった頃
 ひとつの風が巻き起こっていた

 小刻みに決められた時間割の中で、君達は社会通念を覚え、言葉の使い分けを身に付ける。
そう、ふくれるな。それは、君達のせいではない。それが、今なんです。

 「忘機」、時を忘れるほど何かに夢中になる様という意味と友人から聞いた。
李白の言葉である。
 現代の子ども達の時間割の中では、道草や遠回りはタブーなのだ。いやいや、それは子ども達ばかりじゃない。君達のパパもママもおじさん、おばさんもそうなんだ。
 無心に地べたにしゃがみこんで蟻の行列を眺める少年も、クローバーを摘む少女もいない。
公園は雑草で囲まれ、除草剤散布の立て看板。
ベンチに座っているのはくたびれた君たちのパパ。

 そうだね。
 木登りたって木なんぞないな。林も森も遠い観光地。
 そうだね。
 土手も小川もコンクリートの暗渠。
 ほらほら、君の足元。
 暗渠の小川にザリガニを追うパパがいるよ。
 ほらほら、君のうしろ。
 電信柱にスカートめくりで泣きべそのママがいるよ。
 さあー
 玄関のお話しない造花の花をつめ草でこさえた花束にしょう。
 さあー
 どこまでも歩いて、歩いて青い鳥の住む町をさがしに行こう。

 もし、明けないままの暗い夜が来た時は無心に窓を拭き、水の音のなかのぞうきんになろう。
何も思わず、何も考えず。ただ黙々とである。
水のなかのぞうきんになぅたら、何もかも空っぽ。、時間も空っぽ。
空っぽの空っぽだけ・・・になる。

    忘機為り

 静かな朝に
 ぞうきんを洗う
 ただそれだけのことであるが
 その時すでに
 こころはこころとして
 身は身として
 わたくしとなる

 静かな夜に
 ぞうきんを洗い、そして、水をきる 
ただそれだけのことであるが
 その時すでに
 こころはこころとして
 身は身として
 わたくしとなる

 一日の終わりに
 ぞうきんを洗い、そして、水をきる
 ただそれだけのことであるが
 その時すでに
 こころは洗われ
 身は 空っぽとなり
 わたくしという真実になる

 一日の終わりに
 考えることも
 思い残すこともなく
 無心にぞうきんを洗い、水をきる
 ただそれだけのことであるが
 それはわたくしという時間を
 洗い
 清め 
 空っぽのわたくしにになる

 時よとまれ 君は美しい
 遊バザル者 喰フベカラズ
 と、花々がうたう
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# by hidesannno | 2012-12-18 03:28
  

随筆と詩歌
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