忘機
夢を編む 5

         忘機~遊バザル者 喰フベカラズ~      高橋秀夫

 心を亡くすと書いて多忙の忙。
 亡くした心と書いて忘却の忘。

忙しくしていると何か大切なものを見落としていたり、置き去りにしているような気になることがしばしばある。そして、そのことが意外なことを引き起こすこともある。
幼子のさびしい仕種。
年老いた母のつらい吐息。
目の回るわが身のつめたい背中はそんな瞬間を気づきようがない。
ココロを亡くした忙しい時に・・。
 そして、幼子は無表情に乾いた涙をながし、老婆は冷たくなった髪をとく。
気づいた時はすでに遅い。もちろん、そのことは忙しい時ばかりではない。時間をもてあましているときでも見逃したりすることもある。
要はココロの目の在処(ありか)だ。
ココロの目とは、自分を見つめる目であり、自身の内実、真実でもある。
 いつだったか、地方にいる息子から電話があって、その時、ちょうど店の片付けで手が放せなく、忙しくしていたので「あと、あと」と言ったところ、電話をとりついた連れ合いに「忙しいってココロが無いってことだよ」と息子がぽつりと言った。と、あとで聞かされて、どきっとしたことがあった。
 その時、本当に手が放せななかったわけでもなく、ココロの目の在処(ありか)に余裕がなかったのである。電話の用件はたわいのないことだったようだが、問題は用件ではなく、僕と息子が繫がらなかった「キャッチボール」にあったのだ。

 誰もが毎日忙しく、働いている。僕らの商売も暇であったらそれは辛い。かといって、わけのわからないほど忙しかったらそれも問題だが、立ち働くうえでは、小気味良い時間の流れは良いものである。
 しかし、大体仕事で忙しいという時というのは疲れるものだ。子どものように何か遊びに夢中になっている様子とは少々違う。
 いや待てよ。
最近、口をとがらかして夢中になってる子どもの姿など見かけないではないか。

 ヒュウロー ヒャウロー
 僕たちが子どもだった頃
 鳥になることも
 犬と話もできた

 僕たちが子どもだった頃
 空になることも
 海になることもできた

 僕たちが子どもだった頃
 道路に描いた汽車に乗って
 旅することもできた
 
 僕たちが子どもだった頃
 太陽にあいさつをし
 月に願いをかけ
 星のワッペンを手に入れることもできた 

 こっそり
 雲にうちわけ話もできた

  
  木登りしたことがある子ども10人に4人
  蝶や虫を追いかけたことがある子ども10人に3人
  中学生の7割が塾に通い
  携帯で寸時のバトルゲーム
  てんとう虫をだんご虫といい
  みみずをへびの赤ちゃんという
  深夜の自販機に羽虫と囲む缶コーヒー
  今日、遊べる?
  うん、10分ある


 ヒュウロー ヒャウロー
 僕たちが大人だった頃
 ひとつの風が巻き起こっていた

 小刻みに決められた時間割の中で、君達は社会通念を覚え、言葉の使い分けを身に付ける。
そう、ふくれるな。それは、君達のせいではない。それが、今なんです。

 「忘機」、時を忘れるほど何かに夢中になる様という意味と友人から聞いた。
李白の言葉である。
 現代の子ども達の時間割の中では、道草や遠回りはタブーなのだ。いやいや、それは子ども達ばかりじゃない。君達のパパもママもおじさん、おばさんもそうなんだ。
 無心に地べたにしゃがみこんで蟻の行列を眺める少年も、クローバーを摘む少女もいない。
公園は雑草で囲まれ、除草剤散布の立て看板。
ベンチに座っているのはくたびれた君たちのパパ。

 そうだね。
 木登りたって木なんぞないな。林も森も遠い観光地。
 そうだね。
 土手も小川もコンクリートの暗渠。
 ほらほら、君の足元。
 暗渠の小川にザリガニを追うパパがいるよ。
 ほらほら、君のうしろ。
 電信柱にスカートめくりで泣きべそのママがいるよ。
 さあー
 玄関のお話しない造花の花をつめ草でこさえた花束にしょう。
 さあー
 どこまでも歩いて、歩いて青い鳥の住む町をさがしに行こう。

 もし、明けないままの暗い夜が来た時は無心に窓を拭き、水の音のなかのぞうきんになろう。
何も思わず、何も考えず。ただ黙々とである。
水のなかのぞうきんになぅたら、何もかも空っぽ。、時間も空っぽ。
空っぽの空っぽだけ・・・になる。

    忘機為り

 静かな朝に
 ぞうきんを洗う
 ただそれだけのことであるが
 その時すでに
 こころはこころとして
 身は身として
 わたくしとなる

 静かな夜に
 ぞうきんを洗い、そして、水をきる 
ただそれだけのことであるが
 その時すでに
 こころはこころとして
 身は身として
 わたくしとなる

 一日の終わりに
 ぞうきんを洗い、そして、水をきる
 ただそれだけのことであるが
 その時すでに
 こころは洗われ
 身は 空っぽとなり
 わたくしという真実になる

 一日の終わりに
 考えることも
 思い残すこともなく
 無心にぞうきんを洗い、水をきる
 ただそれだけのことであるが
 それはわたくしという時間を
 洗い
 清め 
 空っぽのわたくしにになる

 時よとまれ 君は美しい
 遊バザル者 喰フベカラズ
 と、花々がうたう
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by hidesannno | 2012-12-18 03:28

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