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梅のコロッケ
 コンクリートの床で立ち仕事をしていると足がすっかり冷えてしまう。靴下二枚と長靴でもだ。同じ時間歩いたり、走ったりしてたらいいのだろうが、ずっと立ったままだと疲れよりかちかちの足の冷えを痛感する。それほどに夢中になってしまったわけはコロッケを作っていたからです。そのコロッケ、お店の苦肉の手づくり。ずいぶんと前から誰も手にしないぶさいくなじゃがいも、ぶさいくなんていうと失礼だがでこぼこでいびつの面がまえはどうしてもとなりのプリッととした「じゃがいも然」とした面々に先を越されてしまう。同じ畑で同じように育ったのであるが、よく考えればわれら人間、男も女たちもおんなじ面構えなんぞないもの。そう、いもだってそうだ。いろいろとあっていいはずなのにぽつんと残る。そもそも、普通のお店にはでこぼこの彼らは登場しない。畑に置き去りかなにかの原料になる人生と相場は決まっている。が、ここではもう開店した時からいもに限らず「個性」的な野菜が並んでいる。見た目を大事にする「和の日本文化」というが、僕らは「もったいない」の生活文化を優先したから個性豊かな野菜たちが時々店に登場するのです。でも残ってしまう現実もまた事実ですが。味に違いはないし、みんなちがってみんないいと考えて食卓にならべればおいしいじゃがいもとしてわたし達は満腹になる。そう、それで十分。
 今夜、そのいもをコロッケにした。肉のかわりに梅肉を包み込んだ梅コロッケ。3時間ほど立ちながらのコロッケつくりだったのですっかり足が冷えてしまったわけです。できあがったコロッケを眺めながら、ふと、はじめどんなかっこうのいもだったけ、と。そのことよりこんな冷えた足にはやはり足湯だ。湯に足を突っ込みほっーと気持ちいい疲れがほんのり赤くなった足からとけて少しこころがうれしそうだ。明日の朝は梅コロッケサンドにコーヒーにするか。
 あなたも気が向いたら梅コロッケ食べに来ませんか。 ひで
When I stand on a floor of the concrete and work, means of transportation completely cool off. Two pieces of socks and boots but. Even if I walk in same time and should have run, I keenly realize the cold of the foot which is harder than fatigue when standing all the time. The reason that became crazy about it is because I made a croquette. The croquette, the handicraft of the desperate plan of the shop. When a plain-looking potato, the frump whom nobody from the front has in its hand say very much, as for the rudeness だがでこぼこでいびつの expression, it is gone over the point to never next プリッ and "potato 然" which I did and the all who did it. The thing which I was brought up in the same way in the same field, but there is not as for look what same as for we human being, the man as for the women if it is good and thinks. Even a potato is so so. Though I may meet in various ways, I stay alone. In the first place they who are rough do not appear in the common shop. The market is fixed at the life becoming leaving behind or some kind of raw materials in a field. But, vegetables of "the personality" form a line as well as a potato since it already opened here. I say "the Japanese culture of the sum" to regard an appearance as important, but vegetables of marked sometimes appear in the shop because we gave priority to "wasteful" の life culture. But left reality is a fact again. I am not different in taste, and we become full as the potato which is delicious if I think that all are different, and all are good and can line up on the dining table. Thus I am so enough.
 I made the potato a croquette tonight. The plum croquette which wrapped up ume flesh in substitution for meat. Because it was a croquette structure while it stood for approximately 3 hours, means of transportation have completely cooled off. It is はじめどんなかっこうのいもだったけ, と in spite of being a view with a completed croquette incidentally. After all it is footbathing to such a cool foot than it. The fatigue that 突 っ みほっーと including it is comfortable can clear up a foot from the foot which became slightly red into hot water, and some hearts look glad. Do you make it coffee to plum croquette sand in the morning of tomorrow?
 Do not you come to eat a plum croquette if you feel like it?  ひで
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by hidesannno | 2012-02-25 23:15
桜その1

俗に言う花見というものをしたことがない。
敢えて思い出してみると「らしき」ことがあった。一つは、高校の時抽選であたったコンサートの帰り友人に誘われて会場の近くの公園で桜をながめたことだ。コンサートの余韻のせいか僕達は売店で缶ビールを買い池を覆うように咲く桜の木下で周りのまねをし乾杯。
 そこは桜の名所らしく結構な人出だった。兄さん達よ、まぁ、まぁ、まぁととなりから酒といかが回ってきた。友人はすでに赤くなってほろ酔いですっかりその輪に入っている。高校生であるから酒席など当然初めてのこと。僕も
いつの間にか少し前に聞いたショパンはどこかにいって三波春夫を合唱してる。
 その公園の桜はまるで池に自身を写すように咲き誇り、水面にまで花が咲いてるようで酔うまでも無くくらくらする風景であった。その桜は人々の歓声や嬌声など全く知らん風でただただ池に写るもうひとつの自分である桜を眺めているようでした。
 桜の木は繰り返し繰り返し風が柔らかくなると花を開くだけ、人々が居ようが居まいがそんなことは関係なく咲くのです。風と月と飛ぶ鳥の知らせで咲くのです。
 花見の酔客が帰った夜更けにも美しくその姿を池に映している。
 初めての花見のせいか僕達は帰りには駅でしこたまあげた。
 それから、思い出す限り木の下でゴザ拡げて飲み食いした記憶がない。
 いつの頃からか春四月、桜が咲いて散るその短い間ずっと思う事が続いている。
 一本の桜の老木のことだ。   
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by hidesannno | 2012-02-25 23:10
あなたは
今年も美しい花をつけたそうですね
あなたを見た人に聞きました

あなたは
覚えていますか
ずいぶん前
まだあなたが人知れず
美しく  
静に 春を告げている頃

わたくしが
あなたを訪ねたことを
あなたは
覚えていますか

あなたは
月明かりの中で
空からふる流星群のように
光る花びらをつけていましたね

わたくしが
両手をひろげてもまだ届かない
太い幹は
わたくしの小ささを諭してくれましたね

あなたは
まるでしがみつく子供を
やさしく抱くようにわたくしを迎えてくれましたね
しだれ降る花びらからは
あたたかい陽だまりの匂いがして
さびしい涙を消してくれましたね

あなたは
忘れてしまったかもしれませんが
その時
あなたの根元で傷を負った鹿が
わたくしのように
あなたを見上げていたことを

あなたは
語るわけでも
聞くわけでもないのですが
その時
鹿はわたくしに
わたくしは鹿になり
わたしたちの悲しい思い出は
しだれ降るあなたに融けていきました

いまでは
あなたはたくさんの人に囲まれ
褒め称えられ
たくさんの願いを聞き
たくさんの希望を授ける
聖なる桜

非情な春に 
あなたは惜しみなく
咲いた
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by hidesannno | 2012-02-25 23:05
遊びをせんとやうまれけむ
「遊びをせんとや生まれけむ・・」

 遊園地がなくなり、このあたりにはプールさえもなくなってしまった。
子供たちはさほど気にも苦にもせず、夕暮れともなれば白いビルの塾に消えてゆく。
 僕らの子供の頃、夏といえばプールだった。何人かと自転車を連ねて、半時間ほ
どの川辺の市民プールに通った。朝から晩までまるまる一日だ。くちびるがむらさき
いろになってカッパのように遊んだ.気になっていた女の子が来ていれば格好つけ
て飛び込んで見せたりしたもんだ。水面に顔を出すと蝉の大合唱とどこまでも青い空
が目に飛び込んできた。
 テレビなどまだ贅沢品の時、力道山を見ようと電器屋の前にはひとだかりができて、
工場帰りの自転車の男たちの油と煙草の匂いが歓声と一緒に暮れていく町角にうず
まいていた。
バスの車掌に一目惚れしていた一番上の兄貴がバスが止まる度にそわそわしていた
のを思い出す。
昭和35年の町角の夕暮れの風景だ。
 プールの帰り道タマラン坂という胸をつくほどの急坂を一気に登りきる、これが皆の
根性調べだ。登りきると道をジグザグにこぎ、林に覆われたキチガイ病院と結核病院
の前は全速力でぬけた。 
 前も後ろもわからない程に日焼けした少年たち。白いランニングシャツと真白い歯
が町の一日の終わりを告げる。
 青空ばかりをうつした少年たちの瞳。
その瞳の遠い先で原子力の火が点滅したのを少年たちは知る由も無かった。
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by hidesannno | 2012-02-20 22:32
ここで暮す楽しみ ①
ここで暮らす楽しみ

家の近くに馴染みのお店。
小さい時からいるおばちゃん、おじちゃん。
自分の家族に食べさせるみたいに美味しいものを探してきてくれる。
うそついたり、ごまかしたりしない。
好きなものをよく知っていて、必ず取っておいてくれる。
遠くのお店で売ってる評判のスウィートなんかより全然美味しい。
悲しい時には黙ってりんごをポケットにそっと入れてくれたおばちゃん。
通いなれた坂道の右手に緑の葉陰にそのお店はある。
30年つづいている。
僕らの生まれる前から変わらずあったのだ。

「いらっしゃっい」

とおじちゃん
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by hidesannno | 2012-02-20 22:25
椿井の女
椿井の女




オンナハ 椿ノ花ヲ ハランダ                 音楽テーマ
                                   動き静止


ある時、こんな話を耳にした                  音楽オフ
                                   動き静止
二軒長屋の間に
椿に覆われた井戸がある
女はしきりと洗い物
何度も何度も水をくみ
ざぁーざぁーと
水口には椿の花
赤く
くみ水まで赤い                          音楽~音ボイスひと呼吸
               
二軒長屋の間に
椿に覆われた井戸がある
女はしきりと洗い物
しだいに手もすそも赤くなっている
ざぁーざぁーと
水の音ではない
女の泣く声であった
                                    音楽~音ボイスひと呼吸
二軒長屋の間に
椿に覆われた井戸がある
女はしきりと洗い物
何度も何度も水をくみ
ざぁーざぁーと
赤い水は
血であった

二軒長屋の間に                         音楽~音ボイスひと呼吸
椿に覆われた井戸がある
女はしきりと洗い物
何度も何度も水をくみ
ざぁーざぁーと
からだを洗う
赤く犯されたからだを洗う

二軒長屋の間に                         音楽~音ボイスひと呼吸
椿に覆われた井戸がある
女はしきりと洗い物
何度も何度も水をくみ
ざぁーざぁーと
泪を洗う
乾いた唇を洗う

二軒長屋の間に                            音楽~音ボイスひと呼吸
椿に覆われた井戸がある
女はしきりと洗い物
何度も何度も水をくみ
ざぁーざぁーと
心を洗う
陵辱された心を洗う

二軒長屋の間に                            音楽~音ボイスひと呼吸
椿に覆われた井戸がある
ざぁーざぁーと
女は泣きながら
その井戸に
血の色の着物を捨て
乾いた泪を捨て
心を捨て
身投げした



ざぁーざぁーと
狂おしい椿の赤い花が
井戸に散り降るように落ちた                       音楽テーマ
                                         動き







その後、長屋はなくなったが椿の井戸は残った
それからはここを椿井と人は呼ぶようになった


オンナハ 椿ノ花ヲ ハランダ                      音楽オフ
                                         動きオフ


ある時、こんな話を耳にした

二軒長屋の間に椿に覆われた井戸がある
その井戸にひとりの男が棲んでいる
齢およそ六十
春に散り降る椿を食し
身は樹木のごときにして
声発すれど人の声あらず
手足不要にして卯杖のごとし

二軒長屋の間に椿に覆われた井戸がある
その井戸にひとりの男が棲んでいる
見上げればまるい空
雨水おつれど
陽届かず
風見えず
卯杖ふりて
時の罪を祓う

二軒長屋の間に椿に覆われた井戸がある
その井戸にひとりの男が棲んでいる
春に散り降る椿を食し
乾いた唇に赤い手
赤い血の色の着物をまとっているとのこと

二軒長屋の間に椿に覆われた井戸がある
その井戸にひとりの男が棲んでいる

夜毎女の子守唄
赤い赤い椿の子
泣くのはおよしよ
ねんねしな
赤い赤い椿の子
泣くのはおよしよ
ねんねしな

夜毎女の子守唄
赤い赤い椿の子
泣くのはおよしよ
ねんねしな
赤い赤い椿の子
泣くのはおよしよ
ねんねしな
                                        2010・6・20
                                        高橋秀夫
                                        2010・9・12加筆訂正
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by hidesannno | 2012-02-20 22:11
ふぞろいの野菜

ふぞろいの野菜その2「僕は梅コロッケ」

 コンクリートの床で立ち仕事をしていると足がすっかり冷えてしまう。靴下二枚と長靴でもだ。同じ時間歩いたり、走ったりしてたらいいのだろうが、ずっと立ったままだと疲れよりかちかちの足の冷えを痛感する。それほどに夢中になってしまったわけはコロッケを作っていたからです。そのコロッケ、お店の苦肉の手づくり。ずいぶんと前から誰も手にしないぶさいくなじゃがいも、ぶさいくなんていうと失礼だがでこぼこでいびつの面がまえはどうしてもとなりのプリッととした「じゃがいも然」とした面々に先を越されてしまう。同じ畑で同じように育ったのであるが、よく考えればわれら人間、男も女たちもおんなじ面構えなんぞないもの。そう、いもだってそうだ。いろいろとあっていいはずなのにぽつんと残る。そもそも、普通のお店にはでこぼこの彼らは登場しない。畑に置き去りかなにかの原料になる人生と相場は決まっている。がここではもう開店した時からいもに限らず「個性」的な野菜が並んでいる。見た目を大事にする「和の日本文化」というが僕らは「もったいない」の生活文化を優先したから個性豊かな野菜たちが時々店に登場するのです。でも残ってしまう現実もまた事実ですが。味ひ違いはないし、みんなちがってみんないいと考えて食卓にならべばおいしいじゃがいもとしてわたし達は満腹になる。そう、それで十分。
 今夜、そのいもをコロッケにした。肉のかわりに梅肉を包み込んだ梅コロッケ。3時間ほど立ちながらのコロッケつくりだったのですっかり足が冷えてしまったわけです。できあがったコロッケを眺めながら、ふと、はじめどんなかっこうのいもだったけ、と。そのことよりこんな冷えた足にはやはり足湯だ。湯に足を突っ込みほっーと気持ちいい疲れがほんのりなった赤くなった足からとけて少しこころがうれしそうだ。明日の朝は梅コロッケサンドにコーヒーにするか。
 あなたも気が向いたら梅コロッケ食べに来ませんか。 ひで





ふぞろいの野菜



うっすらと雪化粧と思っていたら,篠竹が傾げるほどに雪がふった。こんな日は思いがけないことがあるもんです。にんまりしているのは僕だけかもしれないが、あれっと手を引っ込めるお客さん。みると、小さいにんじん、でこぼこのいも、しもやけの花野菜、大きくならなかった丸大根・・普通なら畑の隅に捨てられてしまう野菜。でも、僕がにんまりしたのは八百屋を始めた頃を思い出したからです。その頃は、いやいや今でもそうですが規格外といわれるものはお店までは着ません。みんな畑に置き去り、生産者の家ではもっぱらこれらのやさいが台所で料理されます。これらはみんな同じ土から育ったものですが、一方は商品、もう一方は品物(ひんぶつ)と。
 僕たちが八百屋を始めた時、畑で育ったもの、小さいの、大きいの、曲がったの、まっすぐなの・・という具合に野菜を並べた。規格といえば「食べられるもの」であった。よくよく考えれば全く同じもののほうが不自然です。畑ではいろいろできるものです。ですから、ぼくらは畑にあるものをできるだけありのままに並べたのです。
 八百屋の入り口にこんな看板があるのを知ってましたか。
 
 ここにある野菜は畑で同じように育ったものです。
 選ばないでください。

僕たちだっていろいろですよね。みんなちがって、あたりまえ。
だってまっすぐなきゅうりばっかでしたらおかしいですよね。
まがったのはどこにいったのかな・・。
 真っ白い雪が予想外に降った朝。そんなことを思い出してにんまりした。
このやさいたち雪の中から一生懸命きた、って感じ。
 そう、この野菜の丸だいこんとブロッコリーのかき芽の源五郎丸さんが2月19日結婚式です!
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by hidesannno | 2012-02-16 21:27
風の受胎
風の受胎

昔、昔、琉球にアマミクという神があった。
島をつくり、土石草木をつくったが、
「人がおらねば寂しきものよ。いまこそ地上に男女を乞い給いけり」
というて、ひたすら天の神に祈ったそうな。

やがて、地上に男と女現れた。
男は女をかわいいと思い、女は男をいとおしく思ったが、
いまだ契るを知らず、ともに暮らして月日を重ねた。

あるとき、男と女は海辺に出て、
風に吹かれて身をさらしていたところ、
風をはらんで、
たちどころに女は身ごもった。
三男二女を産んだそうな。

後に、長男は国の主の初めとなり、次男は諸侯、三男は百姓の初めとなった。
長女は王に仕えし臣女の初めとなり、次女は村々の祭りのノロとなったそうな。



 アイヌのコタンではこんな話がある。

 昔、女ばかりで、男という者の一人も居ない、メノコムシリという島国があった。
メノコムシリの女たちは、ピタカ(西風)の吹く日、海辺の岬に立って帯を解き、腹をさらした。
 「ピカタよ、われにメノコを与えたまえ}
といって、メノコ(子供)の誕生を願ったそうな。
 もし、まちがって男の子を生んだ時には、メノコムシリの神聖を犯すといい、その子の成長を待って、争ってリンガを食い 切り殺した。
 この島のメノコ(女)のヨニには、みな鋭い歯がはえており、その下のほうの歯で、男の子のリンガを食い切った。
 こうして、いつも完全なメノココタンになりきることが島の掟であったという。



 八丈にはまた、こういう伝説がある。
  
 八丈は女の島といわれl、青ヶ島は男の島といわれた。
二つの島をはさみ、黒瀬川と呼ばれる荒塩潮があった。この潮に船を乗り入れると、瞬く間に
数十里も流され、二度と生きては帰れぬといわれた。
 その頃、男と女が一つの島に住むと、海神のたたりがあると信じていたそうな。

 そこで女たちは、海岸に出ると前を広げ、南風(風)をはらんで身ごもった。
女が生まれれば島に残し、男の子が生まれれば、海に放ち青ヶ島に送った。

 その後、年に一度、南風の吹く日になると、海神のお許しがあったというて、八丈の女の島に、男の島からはるばる船で渡ってきた。その時、八丈の女たちはめいめいのぞうりを海辺に並べ、男たちを待った。そして、自分のぞうりをはいた男を夫と定めて、家に連れ帰り、一夜の契りを結んだ。・

   沖の青島 殿御の島よ
   南風そよそよ 女護が島

   南風だよ
   みな出ておじゃれ
   迎えぞうりの紅はなお

 こうして女たちは、ことしも風が吹いて、とく渡り来よかしと、ひたすら南風を待ったそうな。


 ある年のことだった。
 伊豆の大島に流された男が、力に任せ、またたくうちにいずの島々を従えた。
三宅島に来たとき、男は島長(しまおさ)を呼び、
 「これから南にも島があるのか」
と尋ねた。
 「南の方は潮の流れが速くおじゃるので、だれもがこわがり、船を出したことはおじゃらず、島があるやら ないやらわかり申さぬ」
と答えた。
その時男の目に、南に飛ぶ鳥のむれが見えた。男はやにわに鳥を指差し、
 「あれは鳥ではないか。南の方に島がないとすれば、ねぐらを求めて行くはずがない」
たけだけしく言い放つと、船を海に降ろさせ、幾人かを従えて女護が島に舟を進めた。

 黒瀬川の激流を乗り切り、女護が島に着くと、砂浜に美しい紅はなおのぞうりが並んでいる。
ぞうりは、海から上がった人がはけるように陸に向けて並べてあった。

 「ここは確か、女護が島にて尾JAL。海から来た男がこのぞうりをはくと、ぞうりの持ち主の女が、その男を夫にするならわしと聞いたことがおじゃる」
三宅島の船頭のひとりがいった。

 一行が島の奥へ歩いて行くと、草ぶきの屋根があり、黒髪を背中になびかした色白の女たちが、歌をうたい、機を織っていた。

  きぬの竹でもはっちょうにませな
  はっちょうしかた 弓こわはっちょう
  オオサひさめよ、ひさめよ。
  オオサひさめ。


 機を織る手に合わせて歌っていた女たちの中に、ひときわ美しいニヨコ(女)がいた。
ニヨコは男を見ると驚いたが、しだいになれて口をきいた。

 やがて、男とニヨコは愛し合うようになったが、男はこの島の言い伝えを聞くなり、カラカラと笑い、
 「わしはこの島の迷信を打ち破るためにもおまえと夫婦の契りを結びたい。
 どうか賛成してくれぬか」と言った。
ニヨコはこれを聞くと顔を赤らめたが、うなずいた。

 男はニヨコを妻とし、一年あまりを住み、ふたりの男の子が生まれたそうな。

 仲むつまじいふたりを見て。
 「昔から言い伝えはうそ話でおじゃた。なんのたたりもなっけに女だけで住むのはばかげたことでおじゃた」
と言って、男と女がともに住んでもたたりがないことを喜んだ。

 それから女護が島では、男と女が一緒に住むようになったという。



 紀伊半島の北端にある加太の浦の漁村では、後世に至るまで、風にはらんで子が生まれるという伝承が残っている。
 加太の浦の男たちは漁に出ては半年から一年も帰らぬことが多かった。
村に残った女たちは岬に立ち、子が授かるようにとこぞって風に向かい、胸を広げ、腹を出した。

 和歌山県海草郡加太町にある加太神社には、自然石のリンガが安産の祈願として祀ってあり、
悲願女たちの捧げる野の花が飾られているという。
 子宝を願う女たちは、神社の屋敷からひさかに茶碗を盗んできたりする。そのとき、茶碗を右のたもとに隠して帰れば男の子、左のたもとに隠せば女の子が生まれるといわれた。
 今でも、加太の岬では、花の風媒のように、海からの風によって子がさずかると語り伝えているという。

                       
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by hidesannno | 2012-02-16 21:22
ぞうきんしぼり
      ぞうきんしぼり

静かな朝に
ぞうきんを洗う
ただそれだけのことであるが
その時すでに
こころはこころとして
身は身として
わたくしとなる

静かな夜に
ぞうきんをしぼる
ただそれだけのことであるが
その時すでに
こころはこころとして
身は身として
わたくしとなる

一日の終わりに
ぞうきんをしぼる
ただそれだけのことであるが
その時すでに
こころはぞうきんとして
身はぞうきんとして
わたくしになる

一日の終わりに
考えることも
思い残すことも
なく
無心にぞうきんをしぼる
ただそれだけのことであるが
それはわたくしを
洗い
しぼり
静かに拭くことである

          2011・212 高橋秀夫
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by hidesannno | 2012-02-16 21:20
るこう草
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るこう草が咲いた

 今年もるこう草が咲いた。


 星のかたちをした赤い花だ。
ぶどうの蔓や時計草を足がかりに空に向かうようにその蔓をのばし、小さな葉陰もこしらえる。お店を緑色で縁取り、カンカン照りの夏日を少し和らげてくれた。
セミの鳴く夏の朝が静かになり、夕暮れにこおろぎの声を聞く頃、その小さな蔓に赤い花が咲く。
 朝、咲いて昼には閉じてしまう一日草。決していっせいには咲かない。一つ、二つと咲く。
小さい花だが鮮やかな赤色であるから、見つけるより先に目が奪われる。まるで見られているのは自分のようでさえある。
 これから、しばらくの間咲いた花を一つ、二つと数えるのが楽しみである。



           新るこう草           (2,010年加筆、修正) 

     るこう草の花が咲いた
     ぶどうのつるの樹勢が終わり
     大きな葉っぱが枯れてはだかの枝
     その枝に絡むように、蔓は小さな扇状の葉を抱え、するすると伸びている
     がんばれ, なんて声をかけたくなる小さな花     
    
     るこう草の花が咲いた
     空をめざす小さなつるは てんとう虫の道
     てんとう虫は登る
     トコトコ トコトコ
     緑のはしごを登る
     つるの先までたどりつくと飛来する
     決して途中では飛ばない
     てんとう虫は天道虫
     るこう草は星の花
     遠い空をめざす旅びと

     るこう草の花が咲いた
     夏の終わりにつぼみをつける
     惜しむようにつける
     いち、にの、さん
     てんとう虫が飛んだ
     ゆらりとつる、ゆらりとつぼみ
     道しるべのるこう草は星の花をはらむ

     るこう草の花が咲いた
     赤い星のカタチ
     いちじるしい赤 深々と赤い
     イノチのハナ
     小さな扇の葉に腰掛けるように
     ひとつ ふたつと咲いた   
     摘んだりしたら泣き出しそうな赤い花
    
     るこう草の花が咲いた
     小さな緑色のはしごをお供にして
     星のカタチをした赤い花が咲いた
     摘んだりしたら泣きそうな愛おしい赤い花

     るこう草の花が咲いた
     ぼくのココロにるこう草の花が咲いた
     あなたのココロにるこう草の花が咲いた
     僕のココロが登る
     てんとう虫と登る
     ぼくのココロがまた登る
     あなたを登る
     あなたと登る
     星の花束を抱えトコトコ登る

     るこう草の花が咲いた
     あなたとぼくの間にるこう草が咲いた
     赤い星のカタチをした花
     夢のように咲く
     一日草
     きのうのお花はぼくの花
     けさののお花はあなたのお花 
     あしたのお花はわたしたち
     そのあと咲くのはだれの花     
 。

                     1998年  高橋秀夫 (2,010年修正版)
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by hidesannno | 2012-02-16 19:23
  

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