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イサム オンザロード
追悼 秋野亥左牟

昨年の11 月23 日、我々の友人であるアキノイサムさんが亡くなられました。今時、自宅で奥さんと娘に囲まれて亡くなるというのは、なかなかできないことで、うらやましい限りです。出会った時期により、また人によってイサムさんをどう見るかは違いもあると思いますが、風のように軽やかに自由な生き方をした人だったというのは共通しているのではないかと思います。そんなイサムさんと縁のあった多種多様な人間がイサムさんを肴にして集まろうじゃないか、イサムさんの絵や作品を見ながら思い出をシェアし、これをきっかけに繋がりを深めていこうじゃないかということでイベントを開くことになりました。


4月3日(火)~8日(木) 13:00 ~ 21:00



追悼 秋野亥左牟
 イサム~ オン・ザ・ロードおれはここを歩く




※ 各催しの開始時刻は、

◇ 昼15:00~
◆ 夜19:00~          料金: いずれも投げ銭です



3日 夜 東野健一紙芝居
4日 昼 上野勝子+高橋秀夫イサムの絵本朗読
4日 夜 南正人ライブ
7日 昼 セサル・ラ・トーレライブ 秋野和子さんのお話
7日 夜 はるまきちまき&趙博ライブ
8日 昼 ひきたまライブ 古橋理絵+はくさんまさたか紙芝居
8日 夜 さねちかしゅうへいライブ



呼びかけ人 乾千恵 上野勝子 大田一子 岡田 豊 奥坂恵子 後藤由美子 さねちかしゅうへい ジョゼフ・ンコシ セサル・ラ・トーレ 田島征彦 巽照子 田村アキ&すまこ 永井麻里 中川徳子 中村悠子 はくさんまさたか 畠中光享 東野健一 ひきたま 藤高一本 藤根正樹 古橋理絵 前田朋子 増井牧子 本宮裕邦 山下敬子 おーまきちまき 八百勘 
呼びかけ世話人 浜田光 高橋秀夫 福村祖牛 伏原のじこ



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by hidesannno | 2012-03-20 20:52
ぞうきんしぼり
近頃は何かに夢中になったり、熱中したりすることがめっきり少なくなった。そのかわりぼっーとしたり、無心に窓ふきしたり、ふきんや雑巾を洗ったりしてることが多々ある。何も思わず、考えずただ黙々とである。身も心も空っぽになって、時間の感覚さえ無くなる、妙なる時だ。

  ぞうきんしぼり

静かな朝に
ぞうきんを洗う
ただそれだけのことであるが
その時すでに
こころはこころとして
身は身として
わたくしとなる

静かな夜に
ぞうきんをしぼる
ただそれだけのことであるが
その時すでに
こころはこころとして
身は身として
わたくしとなる

一日の終わりに
ぞうきんをしぼる
ただそれだけのことであるが
その時すでに
こころはぞうきんとして
身はぞうきんとして
わたくしになる

一日の終わりに
考えることも
思い残すことも
なく
無心にぞうきんをしぼる
ただそれだけのことであるが
それはわたくしを
洗い
しぼり
静かに拭くことである

          2011・212 高橋秀夫
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by hidesannno | 2012-03-17 21:49
イサムはエメラルド色のバスで
なまえのない新聞No.171/2012年3・4月号(11)より


野火の煙が平たい田んぼにふたつみっつ

と上っていた。

稲刈りが済んだ田んぼには馬のようにみ

える稲積が雲みたいな野火の煙の中できら

りと時おり光っている。

ガタン、シュウーとその煙か靄の中にエ

メラルド色のバスが止まった。

あたりはさらに白いけむりか靄がぼっー

と広がっている。

すると、どこから現れたのか背の高い、

長髪の男が吸い込まれるようにそのバスに

消えた。

しばらく、煌々とまぶしいほどの光の帯

が虹のように広がり、あたりは輝いていた。

エメラルド色のバスはやわらかい生き物

のように男を迎え入れた。

やがて、ヒューと発車の合図がしたかと

思うとそのまま宙に浮き上がった。

そして、ガタン、シュウーと白い靄をか

き消すように

エメラルド色のバスは動き始

めた。

僕は前にいた女に尋ねた。

「あれは誰だい」

女は振り返りもしないでこうつぶやいた。

「イサムだよ。秋野イサム。また、出か

けちゃったよ。」

と、女はにこりとしながら振り向いた。

すると、バスも靄もすっーと消えて、ま

た、稲積と野火の田んぼが女の後ろに広が

っていた。


2011年11月23日秋野亥左牟76
歳の旅だち。
秋野亥左牟は絵描き。10年単位で一冊
の絵本を描く何とも希有な男であった。何
故そんなに時間をかけるのか、不思議であ
った。彼と初めて会ったのはいまから20
年ほど前である。沖縄の小浜島から広島に
移ってきた時で、仲間うちではよく知られ
ていてインド、カナダと16年も旅してき
た男であると。
この時、一冊の絵本にそれだけ時間をか
けるのかがわかった。彼の旅はちょっとし
た旅行とは全く違う。
その場所に住んでしまうのだ。3年、4
年とそこでその地に暮らし、絵を描く。だ
から、時間がかかるのである。
彼の行き先は近代都市ではない、アニミ
ズムの精神文化を今でもこころの糧にして
暮す地にその足は向かう。そこで、彼が気
づくことはわたし達の現在の生活の様がい
かに人間の都合で築かれたことであるとい
う、その歴史である。かれの残した旅の絵
巻にはおびただしい人間のエゴとそれに抵
抗しながら自然の一部であるとわきまえて
くらす美しい大地と生き物が相関図のよう
に描かれている。彼はその地でじっと自分
のありようを探し、失くした尊い生活文化
を見つめ苦悩した図でもある。
この彼,
イサ
ムの旅と彼、イサムの残した絵は貴重なも
うひとつの歴史書である。
残念なのは彼の故郷である「ニッポン」
が描かれず仕舞いであったことだ。
また、以前出版され絶版になっていた
「イサム・オン・ザロード」が再編集されて
この春、梨の木舎から新たに出版されます。
イサムの貴重な自叙伝でもある「イサム・
オンザ・ロード」が多くの心ある方々と次
代の若者に読まれることは実にうれしいこ
とである。
さらに、この春(4月3日〜4月8日)
京都の堺町画廊で秋野亥左牟生誕を記念し
て「イサムオンザロード〜おれはここを歩
く」の催しが予定されています。(くわしく
は別記)
秋野亥左牟をあの世から呼び、歌を、笛
を鳴らし酒を飲みましょうか。



僕は女に促されて石畳の道を登った。

古い農家が現れた。彼の家である。

長い時間たたずむ家の中に岩絵の具の鮮

やかな赤や緑が目に飛び込んできた。

振り向くとガラス戸にエネラルド色のバ

スが稲積の向こうに消えていった。

イサムはエメラルド色のバスで…

秋野亥左牟の切符・果てしない旅のはじまり

高橋秀夫(随筆家)

イサムさんと縁のあった多種多様な人間がイサムさん
を肴にして集まろうじゃないか、イサムさんの絵や作品
を見ながら思い出をシェアし、これをきっかけに繋がり
を深めていこうじゃないかということで、毎年個展を開
いてきた京都・堺町画廊にてイベントを催します。イサ
ムさんの絵などを展示するほか、毎日ライブ演奏、絵本
の朗読等を行う予定です。(ライブは投げ銭カンパ)
★期間:4月3日(火)~8日(日)
★会場:京都・堺町画廊=中京区堺町通御池下ル
Tel/Fax. 075-213-3636
「イサム~オン・ザ・ロード
おれはここを歩く」
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by hidesannno | 2012-03-15 22:54
秋野イサム
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「イサム~オン・ザ・ロード おれはここを歩く」に向けて

昨年の11月23日、我々の友人であるアキノイサムさんが亡くなられました。

今時、自宅で奥さんと娘に囲まれて亡くなるというのは、なかなかできないことで

うらやましい限りです。

イサムさんがやんちゃだった少年時代、左翼運動に燃え上がった青年時代、そして

インド・ネパールへの旅以来、絵描きのヒッピーとなって世界を放ろうし、また沖

縄の小さな島で漁師をしながら絵を描いていた時代、そして絵本や各地の個展での

出会いなど、さまざまな人生の局面で知り合った幅広い友人・知人がいます。

出会った時期により、また人によってイサムさんをどう見るかは違いもあると思い

ますが、風のように軽やかに自由な生き方をした人だったというのは共通している

のではないかと思います。

同年代の人だけでなくずっと年下の人間にも気さくに友達づきあいができるところ

も、世間的な価値観から全く自由だったイサムさんの生き方を象徴していると思い

ます。

そのため、実に多様な人達、同時代の人からアーチストやヒッピーや若者達、子ど

も達ともつきあいがありました。

そんなイサムさんと縁のあった多種多様な人間がイサムさんを肴にして集まろう

じゃないか、イサムさんの絵や作品を見ながら思い出をシェアし、これをきっかけ

に繋がりを深めていこうじゃないかということで、4月上旬に京都・堺町画廊(イサ

ムさんの個展を開いてきたギャラリーです)にて、「イサム~オン・ザ・ロード お

れはここを歩く」というイベントを開くことを相談しています。(4月3日(火)~8日

(日))7日はイサムさんの誕生日


そのために次のような点でご協力をいただけたらと思っています。

・展示する作品は、所有している方にお願いして集めたいと思っていますので、お 
 持ちの方はぜひお貸し下さい。


・これまでも個展の折には必ずミュージシャン達がライブを行ったりイサムさんが

トークを行っていましたので、今回も縁のあった人達にライブ演奏や絵本の朗読な

どをお願いしたいと思っています。土日は昼と夜、平日は夜1回、太鼓なしのアコー

スティックを考えていて、すでに4月4日に南正人が来てくれることが決まっていま

す。

・このイベントの会場費、出演者へのお礼、参加者への振る舞い、チラシ代など必

要な経費を賄うため、1口¥2000で今回の集まりの呼びかけ人を募集いたします。

(余裕のある方は何口でもお願いします)

郵便振替口座 00980-6-328251 ヤマギワノジコ へお振込み下さい。振替用紙

にメッセージなどもお願いします。

3月5日までに振込いただいた方は案内状に呼びかけ人としてお名前を掲載させ

ていただきます。

世話人 浜田光(名前のない新聞) 高橋秀夫(八百屋ろ)

    福村祖牛(山水人) 伏原納知子(堺町画廊)

【連絡先】堺町画廊 京都市中京区堺町通御池下る 075-213-3636



福村祖牛sogyu@nifty.com

『山水人』ホームページ http://yamauto.jp/

mixiコミュニティ『山水人』http://mixi.jp/view_community.pl?id=291358
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by hidesannno | 2012-03-05 22:24
自然じねん
自然(じねん)
12月、母の田舎からみかんが届く。届くといっても宅急便がくるわけでもない。

鉄道便であlる。木箱に入ったみかんを駅に取りに行くのである。

母はかごにみかんを入れ近所に配る。

添えられた手紙を読みながら「さあーお食べ」と炬燵の上にみかんが並ぶ。

50年前の師走はこんな風に始まった。


木箱は物入れや机になった。



源五郎丸さんから新米の餅米。
新大正もちというかってよく作られた品種という。
もみのがらの所が長いのが特徴で、脱穀した後、注連縄(しめなわ)を作るのにうってつけだったそうだ。
餅の大好きな小生は早速、火鉢で。


分けてもらった稲束を入り口にかけた。

ぴぃぴぃとさわがしい

すずめがこぞってついばみにきている。

こんな街中にまさかこんなご馳走が、と思ったことでしょう。


糸瓜とひょうたんしか植えなかったはずなのに・・これはどう見ても冬瓜だ。
根元をたぐってみた。これは去年売れ残った秋山郷の冬瓜を埋めたとこだ。
今夏、どんなにかこの糸瓜いや冬瓜に心和んだことか。
「りっぱな冬瓜」と声かけてくれた九州のおばちゃん、「糸瓜」と言ってる小生にさぞかし怪訝だったことでしょう。
そう、これは冬瓜である。


稲束をかけた下に暮らす愛犬ちび。

今年で17年になる。

人間の年にすると80歳ほどらしい

さすがに昨今は少々よたよたして「家」であるダンボールでだいたい寝ている。

白内障のためか目は見えない

散歩の時、溝に落ちたり、電信柱にぶつかったりする。

情けない顔を見合わせて

「小生ももう若くないよ」と初老の二人連れは

耳にイヤフォンをした若者の後ろ姿を目を細めて眺めているのである。







つづきの村火鉢に火も入りました。お待ちしてます

自然を

自然(しぜん)とは言わず

自然(じねん)と発す。

ただそれだけのことであるが

そう考える時、

生きることも死することも

その中では

一つの現象の明滅です。

あるがままに・・





さらばよ・・イサム

イサムよ

今度の旅は長そうだな

笛は持ったか

時々 吹いてや

青い空に見つけるから




そっちは賑やかそうだな

ななおにも三省さんにもよろしく

こっちはずいぶんさびしいよ

             ひで


秋野亥左牟 2011・11・23永眠

つづきの村で秋野亥左牟の絵本、絵並べてあります。どうぞ、見にきてください
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by hidesannno | 2012-03-04 16:55
お隣さんはたんぽぽ
そう

ご存知でしたか、

柚子、レモンの木にはとげがあるんです。

特に柚子の棘はとげというより針のようなんです。

収穫は皮の手袋で注意深く一つ、一つ採っていくいくそうです。

夏前には蝉が孵化する最良の木らしい

その棘で鳥もいたずら動物も近かずかないらしい

柚子、レモンの棘、みずからのいのちを守る

生命の不思議。

もうすぐ冬至

美味しい旬の野菜をたっぷりいただき

柚子湯につかり

草木も私達人間も同じこの地で暮らしていることを

あらためて考えますか。
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by hidesannno | 2012-03-04 15:55
土の匂いのする仕事

便利、早い、安い、かっこいい・・30年ほど前私達の生活スタイルは何でもそんなラベルが張り付いていた。町に暮らし、土の匂いのする仕事をしたいと考えていた僕たちはあふれるそんな標語ではない価値観を探した。それが泥付の野菜だった。「やさしさ」という価値を教えてくれた。それは町の流れとは違ったものだった。不便で時間がかかり、安くにはできないし見た目も悪い。が、これがいい、町に村を創るようなことだった。そう、ほとんど相手にされなかったけどね。古臭い時代遅れの輩と。
手から手と手渡していくことって面倒で時間もかかるけどごまかしたり、嘘ついたりしないから何だか気持ちいいもんです。「やさしさ」って関係なんですな。人と人、人と自然、今なら聞き飽きるほどのことだけど一昔だと鬼っ子みたいな妄想家と思われたよ。
それでも畑にはいつくばって作る百姓の手から届く野菜は不思議な力がありました。「やさしさ」だったんですね。
今ではどこでも並ぶ農薬のない野菜ですがやさしさはちゃんとあるかしら。
あなたの食卓からやさしい町角が人が見えてますか・・・

30年目にふと振り返った。
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by hidesannno | 2012-03-04 15:51
両眼微笑
両眼微笑

 三十世 水無月

 葡萄の蔓緑なり

 ガラス窓に見知らぬ白髪の主

 断じて 吾にあらず





 レジに立つ母親のエプロンの紐をほどいては遊びをせがんでいた息子が30歳になる。
僕らの足跡を確認するように時間をさかのぼるようにしてその足取りを訪ね歩いているらしい。
同級生は家を建て、子どもまでいるのに息子はいまだに旅の途上だ。
まあ、目、耳を澄ましてじっくりいくのは、こんな時代にあっては、大いに善い事と思っている。
それに、僕らが見逃したものも見つけたりするから、なおさらとも思っている。
 草野心平の詩*「冬眠を終えて出てきた蛙」のように「両眼微笑」で帰ってくるのを楽しみに待とう。

                    30年目の芒種の日
 *草野心平の詩で題名の「冬眠を終えて出てきた蛙」のほうが本文「両眼微笑」より長い傑作な詩。
  (冬眠~「●」という詩も草野心平) 


 八百屋は30年。
 その当時のノートが出てきた。


『幾日もシトシトと雨の日が続いていました

 開店の日まで指折り数えて、毎日毎日

 空を仰いでは、雨降りをうらんだものでした

 店の改装はほぼ終わって、音楽にあわせて最後の仕上げを

 友人たちがしてくれている

 そのボブマーリーの歌声が
 
 これから始まるシーンをカウントダウンして  

 僕たちをブルブルふるわせたものだ

 ゆっくり幕が上がる

 僕たちの熱気は、息は

 重たそうな空を

 少しづつ少しづつ動かしていった

 開店の日

 空は文句なしの快晴

 棒立ちしている僕たち  

 ポンと背中をたたかれた

 仲間たちは音楽会の喝采のように

 手をうち、口笛をならした

 さあー

 音楽だ

 踊りなさい
 
 叫びなさい

 ここは地べたにはいつくばる虫たちの

 アスファルトをつき破って咲く雑草たちの

 ミュージカルのステージ

 トマトは微笑み

 大根は踊っているよ

 僕たちは陽気に笛を吹き太鼓を叩いているよ

 さあー

 いらっしゃい、いらっしゃい 』 
 ・・・・                          

あれから30年。そう、人生などあっという間だ。
草野心平の蛙のようにどこまでも「両眼微笑」でありたいね。



ここで暮らす楽しみ①

家の近くに馴染みのお店。
小さい時からいるおばちゃん、おじちゃん。
自分の家族に食べさせるみたいに美味しいものを探してきてくれる。
うそついたり、ごまかしたりしない。
好きなものをよく知っていて、必ず取っておいてくれる。
遠くのお店で売ってる評判のスウィートなんかより全然美味しい。
悲しい時には黙ってりんごをポケットにそっと入れてくれたおばちゃん。
通いなれた坂道の右手に緑の葉陰にそのお店はある。
30年つづいている。
僕らの生まれる前から変わらずあったのだ。

「いらっしゃっい」

とおじちゃん
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by hidesannno | 2012-03-04 15:47
春一番
           春一番が吹いたらしい

         庭は梅が満開でゆきやなぎも芽ぶき

         桜も赤らんでいる

         持ち帰った薄紅色の梅の花を
         
         あるだけの花器に挿した

         ゆっくりコーヒーを飲み 
        
         ラジオも消した

         道は静かで、人通りもない

         空はきれいだ

         悲しみのシグナルのように星をたたえ

         非情なあなたに

         気がつくと合掌している

2011・3・15

秋山郷栄村(12日に震度6の地震で家屋が倒壊し道も閉ざされた長野の小さな山里)のじゃがいもで梅コロッケを作りました。
よかったら、食べに来て下さい。
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by hidesannno | 2012-03-04 14:43
ふぞろいの野菜
うっすらと雪化粧と思っていたら,篠竹が傾げるほどに雪がふった。こんな日は思いがけないことがあるもんです。にんまりしているのは僕だけかもしれないが、あれっと手を引っ込めるお客さん。みると、小さいにんじん、でこぼこのいも、しもやけの花野菜、大きくならなかった丸大根・・普通なら畑の隅に捨てられてしまう野菜。でも、僕がにんまりしたのは八百屋を始めた頃を思い出したからです。その頃は、いやいや今でもそうですが規格外といわれるものはお店までは着ません。みんな畑に置き去り、生産者の家ではもっぱらこれらのやさいが台所で料理されます。これらはみんな同じ土から育ったものですが、一方は商品、もう一方は品物(ひんぶつ)と。
 僕たちが八百屋を始めた時、畑で育ったもの、小さいの、大きいの、曲がったの、まっすぐなの・・という具合に野菜を並べた。規格といえば「食べられるもの」であった。よくよく考えれば全く同じもののほうが不自然です。畑ではいろいろできるものです。ですから、ぼくらは畑にあるものをできるだけありのままに並べたのです。
 八百屋の入り口にこんな看板があるのを知ってましたか。
 
 ここにある野菜は畑で同じように育ったものです。
 選ばないでください。

僕たちだっていろいろですよね。みんなちがって、あたりまえ。
だってまっすぐなきゅうりばっかでしたらおかしいですよね。
まがったのはどこにいったのかな・・。
 真っ白い雪が予想外に降った朝。そんなことを思い出してにんまりした。
このやさいたち雪の中から一生懸命きた、って感じ。
 そう、この野菜の丸だいこんとブロッコリーのかき芽の源五郎丸さんが2月19日結婚式です!

2011・2・1

 
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by hidesannno | 2012-03-04 14:39
  

随筆と詩歌
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