<   2012年 06月 ( 1 )   > この月の画像一覧
夢を編む2 土
夢を編む   その二


             「土」            

                            高橋秀夫


 愛犬が死んだ。
 18年、毎日店の前に出ては、優しげなまなざしで行き交う人達の心をホッコリさせていた愛犬がこの春静かにこの世を去った。みんなによくよくなでられていたせいか、毛並みはつやつやと光り、最期の時まで黄金色であった。
 まるで、通天閣のビリケンさんを思わせた。
 その看板犬が居なくなって、なにやら手持ちぶささなでぽっかり穴ぼこができたみたいに感じて仕方がない。喪失感もあるだろうが、朝、夕の散歩、ごはんの支度など世話することが日課のように、それも18年の続けてきたことだからそう感じるのでしょう。
 それは、行き帰りにあいさつをしてきた方々もそんな風に感じているのでしょう。

 年を経て「用事」がひとつ、ふたつと減っていくのは人の世の常であろうが、やはりさびしいものである。重たく煩わしいとさえ思っていたポケットの荷物が実際無くなってみるとおろおろと妙な執着を覚えるものである。
 そして、ポケットを押さえても残るのは思い出だけである。

 私達は自分のする役割、自分ものという所有、善いか否か、好きか嫌いかを自分で選択することをもって社会、家、などに属しているという。そのことで何億もの人々のなかで自分(私、自己)が自分自身であると自覚し、他者と関係していく際の要素といわれる。
 用事が無くなっていくことはその原則のような日常生活の時間が社会性を失っていくことの現れであるようだ。もちろん、そこで次へと受け継がれていくことが大事なことである。それは連綿とつながってきた歴史の最前の者としての役割であると思います。
 言い換えれば、自己とは集団,社会の中のひとつの要素であるわけです。

 僕は旧暦でいう還暦である。サラリーマンなら停年となる歳だ。
仕事という「用事」がなくなり、第二の人生と呼ばれる年、たそがれの第四コーナーをまわりながら自分の人生を反芻する時である。

 つもりつもったメタボの腹を何とかしょうと汗を流すご同輩の姿。
ぎこちないジーパン姿は、ニッポンを豊かにしてきた戦士とは思えないが、昔ばなしをたぐり寄せては、孫に聞かせる善事を探す。

 昭和余年に咲きし花
 黒く染まりて散りぬるを
 自戒遅しや
 坂の家路

 現代の平均寿命からすると、人はこの世に生を受けると、30000日ほどの時間(生命)をもらう計算になる。もちろん、地虫やペンペン草のように踏みつけられるという不測の事態がない場合であるが。僕は大半を使い、残されている日は5,6千ほどだ。その与えられた時間を何に費やしたかは人それぞれだろう。
 善事を探すご同輩。善事と悪事のものさしさえ不鮮明な世にあって、ただただその日その日を繰り返し、生きている感じを探ししていた日々。いつしか隣の垣根の高さを気にしながらより高くより高くと。いつか生きてる感じがわかる日がと全力疾走してきた。そんな大方のぼんやりした幸福感をつつんでいったのが機械仕掛けの「便利な生活」と「豊かな将来」だった。 
 それは、いのちの長さまで延ばし、ニッポンは世界一、二の長寿国となった。私が生まれた当時(1951年)からでも20年近くも寿命を延ばしことになるから
自分もその恩恵かと、少々複雑であるが。もちろん、近代科学は歴史に誇れる多くのことも生み出してきた。

 一体「生きてる感じ」とは何なのでしょう。
 本当の「幸い」とは何なんでしょう。
そんなことを考えているうちに残された五、六千の時間は無くなってしまいそうだ。
 
 土で創られた我ら人間。素手は鍬となり弓となり、プロメテウスの火は煮炊き
から、やがて殺戮の兵器を人間は作った。機械仕掛けの道具は時間さえ創り出し、その時間はさらにおびただしいモノを生み出してきた。
 プロメテウスの火を私達は自分たちでさえ、始末できない原子力の火まで作り上げてきてしまった。そして、その中で「いのち」を「時間」を手に入れたつもりであった。
 しかし、近代科学の作り出した怪物と私達の排セツ物は美しい山野を空を海と変ぼうさせてきた。
 海が青かったこと、空に数えきれない流星がとびかったこと、川にキラキラ光る魚がいたこと。僕たちのあとににくる者たちは絵本にとじられたその風景を夢物語りとして耳をかたむける。私達が立ち向かった自然の逆襲をこれからくる者たちに残してしまったことにならないか。

 パンドラの箱から飛びだした病気、貧困、争い、犯罪、憎悪、嫉妬、老い・・箱に残ったわずかな希望を糧に、人は現代までいのちをつなげてきた。もし、その中のひとつでも箱から出なかったら、私達の歴史は、どんなだったのだろう。
 想像もできない世界だが、きっと、私達の存在さえ、なかったかもしれない。
 
 取りもどせるものがあるか。
 間に合うか。

 おろおろしている昭和余年のご同輩よ。
私達はもともと土から生まれたのだ。
私達が作ったあらゆるものは、土の上に作り上げたものだ。
 その土の思想を刻もう。


  町のコンクリートをはがせ

  そこにいのちの種をまけ

  あなたのコンクリートをはがせ
 
  そこにいのちの種をまけ

  わたしのコンクリートをはがせ

  そこにいのちの種をまけ

  わたしたちのコンクリートをはがせ

  そこにいのちの種をまけ

  やがて
 いのちの絆になれ
  


 


2012年6月15日 雨の夜に
[PR]
by hidesannno | 2012-06-17 22:54
  

随筆と詩歌
by hidesannno
プロフィールを見る
画像一覧
カテゴリ
全体
未分類
お気に入りブログ
おいしいお店 八百屋ろ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
ブログパーツ
最新の記事
あの夏 この夏
at 2013-07-22 23:42
夢を編む その8  「親和力Ⅱ」
at 2013-06-21 07:00
夢を編むその7  親和力
at 2013-04-29 22:20
夢を編む6
at 2013-02-21 06:36
忘機
at 2012-12-18 03:28
外部リンク
ファン
ブログジャンル
画像一覧