秋野亥左牟~果てしない旅
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果てしない旅~イサム オン・ザ・ロード       高橋秀夫(随筆家)

 野火の煙が平たい田んぼにふたつみっつと上っていた。
稲刈りが済んだ田んぼには馬のようにみえる稲積が雲みたいな野火の煙の中できらりと時より光っている。

 ガタン、シュウーとその煙か靄の中にエメラルド色のバスが止まった。
あたりはさらに白いけむりか靄かぼっーと広がっている。
すると、どこから現れたのか背の高い、長髪の男が吸い込まれるようにそのバスに消えた。
 
 しばらく、煌々とまぶしいほどの光の帯が虹のように広がり、あたりは輝いていた。
エメラルド色のバスはやわらかい生き物のように男を迎い入れた。
 やがて、ヒューと発車の合図がしたかと思うとそのまま宙に浮き上がった。

 そして、ガタン、シュウーと白い靄をかき消すようにエメラルド色のバスは動き始めた。

僕は前にいた女に尋ねた。
 「あれは誰だい」
女は振り返りもしないでこうつぶやいた。
 「イサムだよ。秋野イサム。また、出かけちゃたよ。」
と、女はにこりとしながら振り向いた。
 
 すると、バスも靄もすっーと消えて、また、稲積と野火の田んぼが女の後ろに広がっていた。
 
2011年11月23日秋野亥左牟76歳の旅たち。

 秋野亥左牟は絵描き。10年単位で一冊の絵本を描く何とも希有な男であった。何故そんなに時間をかけるのか、不思議であった。彼と初めて会ったのはいまから20年ほど前である。沖縄の小浜島から広島に移ってきた時で、仲間うちではよく知られていてインド、カナダと16年も旅してきた男であると。
この時、一冊の絵本にそれだけ時間をかけるのかがわかった。彼の旅はちょっとした旅行とは全く違う。
その場所に住んでしまうのだ。3年、4年とそこでその地に暮らし、絵を描く。だから、時間がかかるのである。
 彼の行き先は近代都市ではない、アニミズムの精神文化を今でもこころの糧にして暮す地にその足は向かう。そこで、彼が気づくことはわたし達の現在の生活の様がいかに人間の都合で築かれたことであるという、その歴史である。かれの残した旅の絵巻にはおびただしい人間のエゴとそれに抵抗しながら自然の一部であるとわきまえてくらす美しい大地と生き物が相関図のように描かれている。彼はその地でじっと自分のありようを探し、失くした尊い生活文化を見つめ苦悩した図でもある。この彼,イサムの旅と彼、イサムの残した絵は貴重なもうひとつの歴史書である。
 残念なのは彼の故郷である「ニッポン」が描かれず仕舞いであったことだ。
 また、以前出版され絶版になっていた「イサム・オン・ザロード」が再編集されてこの春、梨の木舎から新たに出版されます。イサムの貴重な自叙伝でもある「イサム・オンザ・ロード」が多くの心ある方々と次代の若者に読まれることは実にうれしいことである。
 さらに、この春(4月3日~4月8日)京都の堺町画廊で秋野亥左牟生誕を記念して「イサムオンザロード~おれはここを歩く」の催しが予定されています。(くわしくは別記)
 秋野亥左牟をあの世から呼び、歌を、笛を鳴らし酒を飲みましょうか。


 僕は女に促されて石畳の道を登った。
古い農家が現れた。彼の家である。
長い時間たたずむ家の中に岩絵の具の鮮やかな赤や緑が目に飛び込んできた。
 振り向くとガラス戸にエネラルド色のバスが稲積の向こうに消えていった。
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by hidesannno | 2012-02-14 23:06

随筆と詩歌
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